イジメは、アカン。どんな理由があっても、ダメ。同時に、イジメを善悪で裁こうとすると、議論が発散して対応ができなくなる。

こんにちは!トランペット、サックスを使ったファンキーな音、新しい時代を自分らしく楽しく生きるための歌詞、ファンキー癒し音楽のルーク野村です。

癒しの歌詞を創るルーク野村として、イジメのニュースを見て違和感があったので、違和感の原因を探って考えたことを書いてみようと思う。

イジメは悪いが、イジメられる側にも悪いことがあるのか?こんな議論をネット上で見て、違和感を覚えた。

この違和感は以前からあったが、癒しの歌詞を創るルーク野村の活動を続ける過程で、違和感が強くなった。

その理由をいろいろ考えたのだが、イジメを善悪で裁くことが理論的にオカシイことに気づいたんだよね。

いろんなひとが、いろいろ議論や理屈を戦わせるけど、イジメを善悪の二元論で語ると説明がつかない。理由を以下に説明して行こうと思う。

 いじめる側の根本原因

イジメをする側が、人をイジメる根本原因はなにか。

イジメをする人は、本人のココロが傷ついているから、他人をイジメる。

本人のココロの傷が癒えないと、イジメは延々続く。この状態で、イジメる側が悪いか?そりゃ、悪いよ。特に、殴る蹴るなどの暴力を加える行為は、他人に痛みを与えるので、許容されない。善悪を語れば、悪い。

でも、イジメる人に対して、「お前さんは、イジメを続けると悪人となるので、イジメをやめなさい」といっても、イジメをやめない。

なぜなら、イジメの原因は、本人のココロが傷ついているからであって、本人がココロの傷をいやさない限り、イジメは止まらないから。

 決めつけは楽だが原因に対応していない

イジメは悪だ!と決めつけるのは簡単。スカッと正論を語るので、語るひとは気分がいいだろう。

ただし、悪だ、と決めつけてオシマイでは、原因に対処していない。そこで思考停止だ。だから、イジメの解決や解消に結びつかない。

イジメの原因が、イジメる本人のココロの傷であることがわかれば、イジメ行為の善悪を議論しても何の解決にもならないことは、良くわかる。

 イジメられる側には、一切責任ない。

同時に、イジメられる側のひとは、イジメの原因であるイジメをする人のココロの傷を癒してあげることは出来ない。

イジメる本人以外は、自分のココロを癒すことは出来ないから。イジメる側本人が自分の意志でココロの傷を癒すしかイジメをなくす対応ができない。

こう考えると、イジメられる側に、悪いところはあるか?という質問は愚問。

イジメられる側はイジメの原因であるココロの傷に関与しようがないし、関与する必要もない。イジメられる側の善悪を語る意味がない。

こう考えると、イジメられる側は、善でも悪でもない。

イジメられる側は、イジメの原因とは、何も関係ないという理解が正しい。

■ イジメへの応対

悲しいことにイジメられてしまった場合のイジメへの対応は、無視。

相手にしない。イジメに反応しない。

イジメられたら、「ああ、犬にほえられたなぁ。うるさいなぁ」という程度に思って、無視して相手にしない。なぜならば、イジメの原因とイジメられる側には何も関係がないから。関与しない姿勢が、イジメの原因を理解した正しい応対といえる。

イジメの原因が、イジメをする側のココロの傷であると分かれば、イジメを無視して、イジメをする側のココロの傷が癒えるのを祈って待つのが、イジメへのひとつの対応とわかる。

なお、イジメ行為によって、金銭的、肉体的な被害にあった場合には無視せず、証拠と共に警察に行って、イジメ行為をはたらいた人を刑法犯として処罰して貰えばいい。

犯罪行為をイジメという中途半端な言葉でお茶を濁す必要はない。

■ イジメの原因に対処するとしたら

イジメの原因を理解したうえで、イジメられる側で出来るイジメの原因への対処を考えてみよう。

イジメられる側に余裕がある場合は、イジメをしてくるひとに、こう話しかけてあげるのが、イジメへの原因への対応となる。

「イジメるあなたは、つらいね。くるしいね。どうしたら、あなたのココロの傷が癒えるか、一緒に考えよう」

イジメる本人以外は、自分のココロの傷を癒すことは出来ないが、周りの人が傷の癒しを支援してあげることは出来る。だから、イジメる人のココロの傷を癒す手助けをしよう、という考え方。

イジメられる側が、ここまでしてあげる筋合いはない、という人が大半だろう。たしかに、イジメをしてくる人に優しく接して、さらなるイジメを蒙って耐える必要は、ない。

さはいえ、イジメの原因に対応しているので、イジメ行為をなくそう、という視点からは有効な対応といえる。

 まとめ

イジメの原因はイジメる側のココロの傷である。イジメられる側は関係ない。

だから、イジメを善悪で裁いても何ら問題の原因に対応していない。

イジメをする側、される側のいずれが悪いのか?のような善悪の二元論で議論をしても、イジメの根本原因への対処ではないので、議論が発散し、収束することはない。

イジメる側の人が、イジメの発生原因である自分のココロを傷つけないような社会にしていきたい。ルーク野村の癒しの歌詞で、ひとりでも多くのひとのココロの傷が癒されるといいな。

最後まで読んでくれて、ありがとう!

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