人と比べることで、苦しんでしまうあなたへ。

どうも!トランペット、サックスを使った「ファンキー」な音、新しい時代を自分らしく楽しく生きるための「歌詞」。

でもって、ファンキー癒し音楽のルーク野村です。

今回は、人と自分とを比べて苦しんで、つらくなってしまう状態の回避方法について書いてみようと思う。

他人と自分とを比較してしまう。比較して自分が劣っていると、悔しい、つらい。こんな風に思う人は、多いと思う。ほとんどすべての人がそうなんじゃないかな。

たしかに、勝負に勝てばうれしいし、負ければ悔しい。負けても悔しくないというのは、詭弁というか、まさに負け惜しみだ。悔しいときは、悔しさを感じよう。

でもさ、一回の勝負に負けたからといって、二度と挽回できないのかな。勝ったひとは、永遠に優位にありつづけるのかな。

社会や状況も変わる。そうなると、勝ちの意味が変わる。ひとは、いずれ死ぬ。晩年になると、勝ちの意味が変わってくる。死ぬ間際には、勝ちの意味はほとんどない。

いくつかキッカケがあって、こんなことを最近思うようになった。

勝っても負けても、すべてが経験なのではなかろうか。こう考えると、人との比較で生きても、あんまり意味が何じゃないの?だって、勝ち負けのいずれも経験なんだから。

ということで、人と比較して生きることの意味について、説明したいと思う。

■ 比較するには軸が必要

比較優位に立つためには、比較する軸が必要となる。以下に、具体的な例を挙げた。

  • カッコいい、カッコ悪い
  • 背が高い、背が低い
  • 足が長い、足が短い
  • 痩せている、太っている
  • 筋肉がある、筋肉がない
  • 金持ち、貧乏
  • 高学歴、低学歴
  • 友達が多い、少ない
  • 彼氏彼女がいる、いない
  • 彼氏がカッコいい、悪い
  • 彼女が可愛い、かわいくない
  • 試合に勝つ、負ける

いずれも、比較して自分が劣後すると思うと、嫌な気持ちになる。

■ なぜ比較する?

では、なんで比較するのかな。比較して、勝ち負け判定する意味は何だろう。

やはり、人と比べて比較優位に立つことで優越感を感じる。劣っていると劣等感を感じる。こういう感覚をもって、多くのひとが生きているから、比較するんだろうね。

でも、よく考えてみると、優越感を感じる、劣等感を感じるというのは、単なる考え方であって、ココロのクセともいえる。

比較優位に立つと、人生が楽しくなるのかな?

楽しくなるとしたら、なぜ?

いまいちど、良く考えてみよう。

よくよく考えると、親や兄弟、先生や先輩、その他の今までに出合った人からの刷り込みなんじゃないかな。

■ 比較する具体例

例えば、いい学校、いい会社に入ると優秀と言われ、賞賛される。

でも、いい学校とかいい会社って、誰が基準というか比較軸を決めたんだろう。単なる過去から連続した社会的合意であって、新しい時代に合わない比較軸とも言える。

お金持ちは、お金という視点からは豊かだ。同時に、お金を豊富に持っているという事実だけをもって、人生が優位になり楽しく生きられるとは限らない。

事実として、お金持ち。事実として、お金がないから貧乏。事実は認めても、比較して優越感や劣等感を感じる必要はない。

お金をたくさん持っていると賞賛される。貧乏だと馬鹿にされる。これも、よくよく現象面をみていると、単なる社会的合意にすぎない。

■ 比較優位で価値は変わらない

もう一歩踏み込んでみよう。

比較して優れている、劣っているという評価をする軸は、社会的合意の基に成り立っている。時代によって、評価の軸は変動する。

ここで大事なことは、社会的合意に基づいて優劣が決定されるのだから、優劣の評価は無視することができる、ということ。

あくまでも、あなたが社会的合意の優劣を受け入れるか決定できる。受け入れを拒否すれば、別に優越感も劣等感も、感じる必要はない。

別の言い方をすると、優れていると評価されても、劣っていると評価されても、どっちでも、自分の価値は変わらないんだよね。

この事実に気づくと、たちまち気が楽になる。

■ そうは言っても比べてしまう。。

そうは言っても、優れていると思われたい。劣っていると言われるのは、嫌だ。

うん、確かに。わかるよ。

でも、そう感じるのは、比較の軸で評価する社会的合意をあなたが受け入れたから。

優越感や劣等感を感じるココロのクセを、身につけたから。

別に、いいいんだよ。そのままでも。優越感や劣等感を感じて人生を生きるのも、楽しいという側面もある。せっかく、いろんなことを感じて、経験するために生まれて来たんだから。

でもさ、人と比べて辛くなるんなら、やめちゃおうよ。拒否しよう。

やめたら人生が楽しくなるなら、社会的合意を受け入れ拒否しよう。ココロのクセを、手放そう。

■ まとめ

比較して劣っていると思うと、つらくなるのは、よくある話。ただ、比較して劣っている場合に劣等感を感じるのは、単なるココロの癖。

比較を止める。比較優位に立つと優越感を覚え、劣後すると劣等感を覚えるココロの癖を手放せば、楽になる。

比較して劣っていると、つらくなる、あなたへ。

別に、いいいんだよ、比較して劣っていても、負けても。すべてが経験なので。イチイチ優越感や劣等感を覚える必要はない。

つまり、勝っても負けても、あなたの価値は変わらないんだ。

比較してつらくなるココロの癖を、手放すことができるといいよね。最後まで読んでくれて、ありがとう!

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