■ ピアノは打楽器

ピアノを楽器の分類にあてはめると、一般的には鍵盤楽器ということになるのかな。

ただ、俺はピアノは打楽器だと思っている。

 

その理由はいくつかあるけど、最大の理由は、演奏者が演奏する楽器のピッチ(音程)を気にしなくていいから。

 

楽器演奏の難しさのひとつは、ピッチを安定させること。俺は昔トロンボーンを演奏していたが、トロンボーンはスライドで音程をとるので、スライドの位置がずれると、ピッチはズレる。

 

また、アンブシュア(楽器を吹くときの口の形およびその機能のこと:by Wikipedia)が安定しないと、ピッチが一定にならない。プロ、特にスタジオミュージシャンになるために必要なスキルがピッチを安定させることであり、ピッチを安定させるために、演奏家は練習を重ねる。

 

ところが、である。

 

ピアノ演奏家は、ピッチを合わせる工夫を調律師に任せている。

ピアノの演奏家自身が、演奏前に「うーん、低いな」などといって、自分でピアノの調律を始めることはない。

 

つまり、ピアノ演奏家は、鍵盤をたたけば安定したピッチで音が出る前提で演奏でき、ピアノ以外の楽器の演奏家が工夫を重ねるピッチ安定という練習の必要がない。

 

ので、ピアノは、鍵盤を叩けば安定したピッチで演奏できるんだから、打楽器だと俺は思っている。

タイコだって強く叩けば大きい音 、弱く叩けば小さい音が出る。16分音符で刻めば16分音符の音が出る。ピアノも同じじゃん。

 

■ ピアノの表現

一方、ピアノが打楽器だから、ピアノは簡単だ、ピアノ演奏家が練習をサボっている、ということはない。

 

他の演奏家がピッチ安定のために練習をする時間を、ピアノ演奏家はピアノ演奏そのものにあてることができる。

 

だから、人生で練習する時間が同じと仮定すれば、ピアノ以外の楽器を演奏する演奏家よりも、ピアノ演奏家の方が楽器=ピアノ演奏に集中して練習できる、といえる。

 

つまり、ピアノでの演奏表現や技術習得に集中できる、ともいえるんじゃあないかな。

 

■ ピアノの音が発するメッセージ

さて、ピアノについて俺が思うことを書いてきたが、以前に「音が発するメッセージを感じる」という記事を書いた。

今回の記事は、「音が発するメッセージを感じる」シリーズの第二回目。

 

※「音が発するメッセージを感じる」については、以下の記事を読んでね。

音が発するメッセージを感じる

 

今回は、俺がピアノの音から感動をビンビンに感じる、フジコ・ヘミングさんを紹介したい。

 

俺は、クラシックピアノ演奏があまり好きではない。

そもそも、ピアノ単独演奏だと他に楽器が無く音数がすくないし、ダイナミックレンジも限られる。音を楽しむ要素の楽器を、わざわざピアノに限定して演奏する必要はなかろう。

 

また、クラシックピアノ演奏家の宣伝広告によくある「○○コンクール優勝!」とかのキャッチコピーも好きではない。

 

コンクールって、その道のプロが「上手い」と決めただけでしょ。

その道のプロが技能面から上手いと認めただけの話。俺のようなピアノの門外漢が聴いて、いい演奏だなぁ、と感じるかは全く別問題。俺が聴いて感動するかは、俺が決めるよ。

 

だから、「○○コンクール優勝!」だから聴くべき!といわれると、自分の音楽の趣味趣向を理解せず他人が決めた優劣に従う主体性のないひと、とみなされたという印象をもってしまうので、好きではない。

 

なので、ピアノ、特にクラシックピアノの演奏って、すきじゃあないんだよね。全般的に。

同じ時間をかけて聴くならクラシックピアノ以外の楽曲を聴く。

 

ただ、フジコ・ヘミングさんは、別格。はじめて、フジコ・ヘミングさんの演奏を聴いた時からいままで、この方だけは、なにか違うんだよね。

 

 

■ 緩急強弱自在の独特の間(ま)が発するメッセージ

ズバリ言うと、俺はピアノが弾けない。俺のピアノ演奏レベルは、和音のボイシング確認で使う、メロディラインをそれっぽく右手だけで我流で弾く、という程度で精一杯。演奏じゃあないね。音楽活動の道具としてピアノを使わせてもらっています、という程度。

 

なので、俺はピアノの技術の上手い下手を語る資格も能力もない。

 

一方で、演奏家は演奏を通じて感動を与えるのが重要な役割のひとつと俺は思う。

ので、俺のようなピアノの素人でも、感動した、凄い!と思った、という感想を言う権利はあると思うので、好き勝手言わせてくださいな。

 

好き勝手言いたいので、今回の記事のテーマの「音が発するメッセージを感じる」に基づいて、フジコ・ヘミングさんは凄い!と感じたことを上手く表現したいのだが、凄い!という純粋な感覚なので上手く言語化できない。

 

言葉をひねり出すと、独特の間(ま)なのかな、と思う。

 

ピアノの独演なので、アッチェレランド (だんだん速く)・リタルダンド(だんだん遅く)、音の強弱は、演奏者の想いで自由自在に表現できる。

装飾音符や、いわゆるアウフタクトの演奏も自分の思うとおりに弾くことができる。

 

俺の理解では、休符は、お休み=息抜きや休憩ではない。

音を出さない間(ま)を取ること。四分音符で「ド」と一拍分の長さを演奏するのと同様に、四分休符があれば一拍分の音を出さない間(ま)をとる。

 

ちゃんと休符を入れることにより、演奏がビシーっとする。休符をちゃんと入れないことで、演奏を意図的にだらっとできる。

休符を差し込むともいえるし、休符を演奏する、ともいえると思う。

 

フジコ・ヘミングさんのピアノ演奏における、緩急、強弱が、独特の間(間)を作り出して、聴く人の心に響くんじゃあないかな。そんな気がする。

 

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