「苦労は買ってでもしろ」という言葉は、時代遅れ。

どうも!トランペット、サックスを使った「ファンキー」な音、新しい時代を自分らしく楽しく生きるための「癒し」の歌詞。

でもって、「ファンキー癒し音楽」のルーク野村です。

「苦労は買ってでもしろ」と言われて、違和感を覚えない?違和感の理由は、この言葉は、時代遅れだから。

時代遅れの言葉を妄信すると、自分らしく楽しく生きにくくなる。

「苦労は買ってでもしろ」という言葉が生まれた時代背景を理解すると、今の時代に合わないことがわかり、手放すことができる。手放すと、自分らしく楽しく生きることができるようになる。

この記事では、「苦労は買ってでもしろ」が時代遅れであることを解説しようと思う。

■ 時代遅れの言葉

「苦労は買ってでもしろ」という言葉は、時代遅れ。

かつては、この言葉に共感する人は多かった。しかし、この言葉に共感する人は減る一方だ。このように「苦労は買ってでもしろ」が時代遅れとなる原因や背景を考えてみよう。

苦労 = 苦痛は、元来、誰も経験したくない。俺は、嫌い。

苦痛は、いやだ

にもかかわらず、かつては、苦痛を美徳として強制する社会だった。その理由は負の連鎖が成立していたから。

負の連鎖とは、自分が苦痛を伴う経験をしたら、次の若い世代も苦痛を経験しないと不公平だ、という考え方。こんな負の連鎖の考え方が社会を支配していた。

だから、苦痛を経験した世代が、苦痛を次の世代に連鎖させる。

苦痛を次の世代に連鎖したがる

ただ、こんな狭量な人が減った。おかげで、今の時代は苦痛を強制する人が減った。

そもそも、新しいテクノロジが次々と世に出て、新しいサービスが生まれ、かつてないスピードで世の中が変化する今の時代。こんな時代に、過去の負債である苦痛を、いちいち体験する暇はないからね。

「苦労は買ってでもしろ」が、かつて支持された理由は、苦痛を伴う苦労をして一人前、という社会的合意があっただけ。-合理的な根拠は、ない。

このように、根拠のない「苦労は買ってでもしろ」という考え方が、支持されない時代となった。

■ 練習に苦痛を持ち込まない

「苦労は買ってでもしろ」という考え方を否定すると、たいてい、訓練や練習の積み重ねをしなくていいのか、という反論がくる。

もちろん、なにかことを成すにあたり、時間をかけて練習する必要があるのは、今も昔も変わらない。スポーツにせよ芸術にせよ、上達するには練習が必要だ。

ただ、かつては苦痛が美徳だったから、練習に苦痛を持ち込んだんだよね。

  • 炎天下で水も飲まずに練習
  • 長時間ヘトヘトになるまで練習
  • 上手くいかなければ、鉄拳制裁

苦痛が美徳だったから、こんなことをしてた。苦痛に耐えて初めて一人前、という社会的合意があったので、許された。

いまの時代でも練習はするが、苦痛を伴わせる必要はない。かつてのような練習を強要したら、イジメ・シゴキという悪評が立ち、度を越えるとパワハラ=犯罪になる。そもそも、楽しくないので人は自然と離れる。

今の時代に、苦痛を伴わせる根性論は、もはや支持されない。

練習に苦痛を持ち込むという考え方自体が、時代遅れ

■ 苦痛を支持したい理由

このように、時代が変わって「苦労は買ってでもしろ」が社会の共通認識でなくなった今の時代。こんな時代になっても、「苦労は買ってでもしろ」を信じているひとがいる

その理由は、たいてい以下の2通りだ。

1.親に従いたい

いまだに時代遅れの「苦労は買ってでもしろ」を信じている人は、親の言うことに従いたいという意識によって、そうなる。

親を敬う、尊敬する、感謝する。これらは、いいことだ。

でも、親の時代の共通認識に盲従する必要はない。

親の時代は、親の時代。いまの時代は、いまの時代。時代が違えば、考え方や常識が変わる。

だから、親の信念と、今を生きる人たちの信念とが食い違うのは、当然のこと。信念が食い違うからといって、親を軽蔑しているわけではない。

旧い考え方・常識である「苦労は買ってでもしろ」に従うのをやめよう。

2.過去の自分を肯定したい

もうひとつの理由は、過去の自分を肯定したいから。

過去に「苦労は買ってでもする」と信念をもって生きていた人は、時代が変わったという理由だけで信念を変えられない。

信念を変えてしまうと、自分の過去を否定することになるから。過去の自分の行動を正当化するには、時代遅れの考え方を肯定してあげる必要がある。

でも、もう、いいじゃん。過去は過去だよ。

過去を否定しても、現在の自分の価値は何も変わらないのだから。

親に従いたい、過去の自分を肯定したいという想いは、捨ててしまおう。そして、新しい時代の考え方にあわせよう

■ まとめ

ここまで、「苦労は買ってでもしろ」という言葉が時代遅れであることを,、説明してきた。

  • 苦痛を伴う経験を次の世代にもさせようとする、負の連鎖の考え方が社会を支配していた。
  • 負の連鎖が断ち切られたので、「苦労は買ってでもしろ」という常識=流行が廃れた。
  • 練習や訓練は、上達に必要。練習や訓練に、苦痛を持ち込むのは、ナンセンス。
  • 今の時代に「苦労は買ってでもしろ」と信じている人は、1)親の常識に従いたい、2)自分の過去を肯定したい、のいずれかの理由で、信じている。

「苦労は買ってでもしろ」という、旧い常識、いまや迷信ともいえる考え方は、いまの時代には合わないので、手放してしまおう。

すると、苦労や苦痛なく、楽しみながら自分らしく生きていけるようになる。

苦痛なく、自分らしく生きられると、いいね。最後まで読んでくれて、ありがとう!

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