■ 答えのない善悪二元論

イジメは明らかに悪いが、イジメられる側にも悪いことがあるのか?

こんな議論をときどきネット上で見ることがある。

 

いろいろ議論や理屈を戦わせるけど、思うに、イジメを善悪の二元論で語ると説明がつかない。というか、議論が発散して収集しない。

 

なぜならば、善悪の二元論では説明がつかないから。

 

■ いじめる側の根本原因

イジメをする側の根本原因はなにか。

イジメをする人は、本人のココロが傷ついているから、他人をイジメる。

 

本人のココロの傷が癒えないと、イジメは延々続く。この状態で、イジメる側が悪いか?そりゃ、悪いよ。特に、殴る蹴るなどの暴力を加える行為は、他人に痛みを与えるので、やめたほうがいいし、善悪を語れば、悪い。

 

でも、イジメる人に対して、「お前さんは、イジメを続けると悪人となるので、イジメをやめなさい」といっても、イジメをやめない。

 

なぜはら、イジメの原因は、本人のココロが傷ついているからであって、本人がココロの傷をいやさない限り、イジメは止まらない。だから、イジメは悪だ!と決めつけるのは簡単だけど、原因に対処していないので、イジメの解決や解消に結びつかない。

 

イジメの原因が、イジメる本人のココロの傷であることがわかれば、イジメ行為の善悪を議論しても何の解決にもならないことは、良くわかる。

 

同時に、イジメられる側で、イジメの原因であるイジメをする人のココロの傷を癒してやることは出来ない。イジメる本人以外は、自分のココロを癒すことは出来ない。

 

だから、イジメられる側に、悪いところはあるか?というと、イジメの原因に関与しようがないし、関与する必要もないので、善悪を語る意味がない。善でも悪でもない。イジメられる側は、イジメの原因とは、何も関係ないという理解が正しい。

 

■ イジメへの応対

イジメへの平凡な対応は、無視。相手にしない。イジメに反応しない。

 

イジメられたら、「ああ、犬にほえられたなぁ。うるさいなぁ」という程度に思って、無視して相手にしない。なぜならば、イジメの原因とイジメられる側には何も関係がないから。関与しない姿勢が、正しい応対といえる。

 

イジメの原因が、イジメをする側のココロの傷であると分かれば、イジメを無視して、イジメをする側のココロの傷が癒えるのを祈って待つのがひとつのイジメへの対応。

 

仮に、金銭的、肉体的な被害にあったら、警察に行って、イジメ行為をはたらいた人を刑法犯として処遇して貰えばいい。犯罪行為をイジメという中途半端な言葉でお茶を濁す必要もないと思う。

 

■ イジメの原因に対処するとしたら

もし、イジメられる側に余裕があれば、イジメをしてくるひとに「つらいね。くるしいね。どうしたら、あなたのココロの傷が癒えるか、一緒に考えよう」と話しかけてあげるのが、イジメへの優れた対応と思う。

 

イジメる本人以外は、自分のココロの傷を癒すことは出来ないが、周りの人が傷の癒しを支援してあげることは出来る。

 

ここまでしてあげる筋合いはない、という人が大半だろう。たしかに、イジメをしてくる人に優しく接して、さらなるイジメを蒙って耐える必要は、ない。さはいえ、イジメの原因に対応しているので、イジメ行為をなくそう、という視点からは、優れた対応といえる。

 

いずれにせよ、イジメをする側、される側のいずれも、善悪の二元論で議論をしても、イジメの根本原因への対処ではないので、議論が発散し、収束することはない。

 

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