親が味わった苦労は、子供に味わわせたくない。親の優しさを伝えているようで、実は親自身の自己顕示欲と自己否定を表現している。

どうも!トランペット、サックスを使った「ファンキー」な音、新しい時代を自分らしく楽しく生きるための「歌詞」。

でもって、ファンキー癒し音楽のルーク野村です。

親が味わった苦労は子供に味わわせたくない。結婚式で、親御さんがお子さんを手塩にかけて育てました!と、スピーチで感動を演出したいときに、よく聞くような気がする。

このフレーズに対して、前から違和感があった。なんで、お祝いの席でこんな後ろ向きで、どうでもいいことを敢えていうのだろう。

俺なりにこの違和感の原因を探ったところ、このスピーチのフレーズは、親の自己満足と自己否定からくる同情のお願いのフレーズなんだよね。

このフレーズの魂胆が見えちゃうと、残念な気持ちになる。

ということで、親が味わった苦労を子供に味わわせない、について説明したいと思う。

■ 親はこんなに苦労しました

こういうフレーズをスピーチで言ってしまう親は、自分が苦労したんだ!ということを周囲に認めさせたい、という発想なんだよね。

結婚式でこういうことを言う親は、自己満足や自己顕示欲を満たしたい。そうじゃなきゃ、おめでたい席で、苦労自慢する意味はないので。

そんでもって、子供をここまで育てたんだ!俺って偉いよね!そうだろ、出席者の皆さん!と、いい大人が結婚式で声高にdスピーチで語っている。

なんだか、聞いていて残念な気持ちになる。そんなこと語るくらいなら、黙っていたほうがいい。

■ 自分の過去の否定と、同情のお願い

さらに突っ込んで考えると、自分の苦労を子供に味わわせたくない、ということは、すなわち、自分の過去が無駄で味わうべきではない、という自分の過去の否定を意味する。

いろいろあったけど、過去の経験は役に立ったな、という発想はないんだろうか。過去は、もう過ぎ去った。いまさら苦労自慢のネタにしても、何の役にも立たない。

過去に、こんなに苦労したのです、同情してください!という意図なのかな。

同情する人もどうかと思うけど、面倒くさい人だよね、こういう苦労自慢をして同情を乞う人は。

■ まとめ

親が味わった苦労は、子供に味わわせたくない。

このフレーズには、私はミジメだという自己憐憫と、苦労した私を慰めてくれ、立派だと認めてくれ、という自己顕示欲がバリバリ全面に押し出されている。

立派な親のつもりなのかもしれないけど、逆効果。まぁ、他人が何を言おうが考えようが、俺のしったことではないけど。

やっぱり、いまが幸せ、過去も幸せ、これからもずっと幸せ、と思えるほうが、人生は楽しいと思う。

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